どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。
何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、
あなたがたの心と考えとを
キリスト・イエスによって守るでしょう。

フィリピ4:6.7

祈りに関する Q&A


祈りに関する疑問に聖書から答えます。

質問

誰に祈るべきですか?

答え

私たちが祈りを捧げるのは父なる神ヤハウェです。イエスの名により天の父に祈りましょう。


あなたは祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れたところにおいでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れたことを見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
マタイ6章6節

こういうわけで、わたしはひざをかがめて、天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。
エペソ3章15節

質問

神は祈りを聞いてくださいますか?

答え

神はわたしたちの誠実な祈りに耳を傾けてくださいます。神様はわたしの祈りを聞いてくださると確信してください。わたしたちはイエスの流された血により清められています。ですから、大胆に確信を抱いて神に近づきましょう。


祈りを聞かれる方よ、すべての肉なる者は罪のゆえにあなたに来る。われらのとががわれらに打ち勝つとき、あなたはこれをゆるされる。
詩篇65篇2節

この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができるのである。
エペソ3章12節

質問

何を祈るべきですか?

答え

神様はあなたが心配している全てのことをご自身にゆだねてほしいと願っています。祈りのうちに生活上の思い煩いを全て天の父にゆだねましょう。また、神様への感謝や賛美の言葉も恥ずかしがらずにみ前にお捧げすることができます。他人を悪く言ったり人の不幸を願うような祈りは喜ばれません。


神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。
ペテロ第一4章7節

わたしはあなたのみ力をうたい、朝には声をあげてみいつくしみを歌います。
詩篇59篇16節


すべての無慈悲、憤り、怒り、騒ぎ、そしり、また、いっさいの悪意を捨て去りなさい。互いに情け深く、あわれみ深いものとなり、神がキリストにあってあなたがたをゆるしてくださったように、あなたがたも互いに許し合いなさい。
エペソ4章31節

われらの兄弟らを訴える者、夜昼われらの神のみまえで彼らを訴える者は、投げ落とされた。
黙示録12章10節


質問

祈った願いが叶わないのはなぜですか?

答え

主に二つのことが原因だと考えることができます。ひとつは、その祈りが信仰によるものではない場合。もうひとつは、聖書で明らかにされている神のご性格に反する願いである場合です。
捧げた祈りが必ず聞き届けられるという確信(信仰)がないなら神に喜ばれません。また、わたしたちの利己的な祈り(贅沢や名誉欲に類する願望)を叶える義務を神様は負っていません。
信仰により神のみ心(考え)に沿って祈るなら、最善のタイミングで神はあなたの祈りに応えてくださいます。


信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いてくださることとを、必ず信じるはずだからである。
ヘブル11章6節

わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに
エペソ3章20節

尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
ガラテヤ5章6節

神のみこころは、あなたがたが清くなることである。すなわち、不品行を慎み、各自、気をつけて自分のからだを清く尊く保ち、神を知らない異邦人のように情欲をほしいままにせず、また、このようなことで兄弟を踏みつけたり、だましたりしてはならない。
テサロニケ第一4章4〜6節

富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陥るのである。金銭を愛することは、全ての悪の根である。ある人々は欲張って金銭を求めたため、信仰から迷いでて、多くの苦痛を持って自分自身を刺し通した。
テモテ第一6章9〜10節

神のなされることは皆その時にかなって美しい。
伝道の書3章11節